RAINY DAY ~雨の降る日に降る天使 5
次の日も雨だった。
カナは、赤い傘をさして帰った。
いつもいつも僕とふざけあうほど、暇でもないのだろう。
今日は、僕の左肩は、濡れない。
だけど、だからどうしたというのだ。濡れないことより大切なことを、僕は知ってしまった。
横顔しか見ることができなかった、臆病な僕。今は、笑いながら話すことができる。でも、僕はまだ臆病だ。もし僕に勇気があるなら、自分から、一緒に帰ろうと誘えるはずだから。
もし明日も雨が降ったら、今度は僕が誘ってみよう。
さし心地悪い傘だけど、入っていかないか?
…変な誘い方だな。
もうちょっとマシで、気が利いてて、カナが顔をくしゃっとして笑い出すような、カッコイイ誘い方ってないのかな?
そんなことをぼんやりと考えながら、昨日はカナと歩いた道をなぞるように歩いている。
ここでカナが僕の右腕に触れて心臓が飛び出すくらいどきどきしたんだとか、ここでカナが道端で濡れている花を見て「寒そうだね」って言ったんだとか、小さなことを反芻してみる。
僕の胸の中は、カナでいっぱい、いっぱいだ。
だから、信号の向こうに赤い傘が揺れていたとき、本物のカナがいるとは一瞬、思わなかった。
僕が作り出した幻だと思った。
それほどに幻想的だった。
雨に煙った空気のなかひっそりと咲いていて、それはとてもカナらしいと思って、僕はそのことを早くカナに伝えようと思って、信号を渡った。
でも、気づくと、花は一輪じゃあなかった。
赤い傘の隣には、大きな黒い傘。
男物。
あれは。
見慣れたはずのカナの横顔が、いつもと違って見えた。
伏せたまつげが長くて、僕はこんなときだというのに、カナに見とれずにはいられなかった。
見とれていたせいか、全てがコマ送りで見えた。
赤い花が散るようにカナの傘がゆっくり落ちて、カナは黒い傘の中に引き込まれて、カナの困惑した瞳が揺れて。
そして……。
僕は。
いったい、どうしたというのだろう。
何をやっているのだろう。
気がつくと、ふたりに近寄っていて、落ちていた赤い傘を拾い上げていた。
「…あ…」
カナが慌てて、黒い傘から離れる。
だめじゃないか、離れたら濡れちゃうだろ?
「ハイ、これ」
赤い傘をさしかける。カナが濡れたりしないように。そして、新しいビニール傘、僕がひとりでさしていた傘、昨日はカナと一緒に入った、さし心地の悪い、だけど世界で一番素敵な傘も一緒に差し出した。
「ありがとう、楽しかった」
「何、言って……」
カナの声は、最後まで聞いていない。
僕は、走った。
初めてカナと一緒に帰ったあの日と同じくらい、いや、それ以上のスピードで走った。
あと何百キロメートルでも走れると思った。
いや、走りたいと思った。
走って走って、ずぶ濡れになって、肺炎にでもなればいい。
世界中が雨で満たされて、そのまま雨に溺れてしまえばいいと思った。
その次の日、偶然にも席替えがあって、僕とカナは教室のはじとはじに離れた。
これでよかったんだ。
カナが何か言いたそうに僕を見ていたのがわかったけど、僕は眠たいふりをして、机に顔を伏せた。
本当は少しも眠くなかったけど。
前の晩も全然眠れなかったのに、全然眠くないのだけど。
目を閉じると、黒い傘がまぶたの裏に浮かぶ。
戸惑ったカナの横顔も。
あのときの全てが、浮かぶ。
だから僕は目を開けたまま、机に顔を伏せていた。
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