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2006年10月31日 (火)

vol.1 "PROLOGUE"1

PROLOGUE

昼休み、彼とぶつかったことが全ての始まりだった。

あたしは、「不良」の桃瀬一美。誰よりも赤い髪。成績はよかったけど、授業は馬鹿らしかった。何がって、聞く価値もないものに時間をかけるのが、本当に馬鹿らしかった。だから、教室には行かなかった。友達もいなかった。トイレにつるんでいく必要なんて、なかったから。そんなのは、子供のやることで、馬鹿らしかった。何もかもが、馬鹿らしいと思った。

この年じゃ、普通じゃないことは、疎外されることを意味していた。噂が一人歩きして、誰からも恐れられ、口を聞いてもらえず、廊下を歩けば自然に道が空く。

あたしは、そんな生活をしていた。

構わないと思った。

どうせ、こんな馬鹿らしいことは、やがて終わる。だから今、無理をして誰かに合わせる必要はない。たまに寂しいことはあっても、そんなのは人生の中のほんの一部なんだから。たいしたことない。全然、平気。

ずっと、そんなふうだったあたし。

もしもあの日、彼に逢わなければ、きっとずっとそのままだっただろう。



昼休み、センセイに呼び出しくらった。

その髪はなんだ。どうしてさぼるんだ。成績がいいからって、全部が許されると思うなよ。

あたしは、型通りの説教を聞き流していた。ハイハイ。別なことを考えていれば、くだらない時間はあっという間に過ぎ去る。たまに学校にいれば、こんなのばっかりだ。

頭にくるも何もなく、ぼんやりとやり過ごし、礼もしないでショクインシツから出た。

何?

弾丸のように走ってきたチビがぶつかってきて、あたしは廊下の壁に飛ばされた。

「……ってぇ」

チビは転んだ膝をさすりながら、あたしを見た。

あたしは、唇を噛んでそいつをにらみつけた。どこ見て走ってやがるんだ、このガキ。幼い顔立ち。

「あ、わりい。どこかぶつけた……よな。どこ? 腕? 見せて。大丈夫か。腫れたりしてない?」

え? 何、この態度。もしかして、あたしのこと、知らない?

怪訝な顔のあたしを不審そうに見て、首を傾げる。真っ直ぐな目。クラスのやつらが見せる顔とは、全然違う。

「ごめんな。まさか、いきなり出てくるって思ってなかったから」

あたしのこと、怖がったり、珍しがったり、しないの?

こんなに目立つ格好をしてるのに?

みんな遠巻きに囁きあっているのに、気にならないの?

チビは、申し訳なさそうにあたしの手をひっぱって、立たせてくれる。そして、あたしの腕にそっと触れる。それは、まるで、壊れ物を扱うように。

「痛い?」

違う。

痛いのは、そこじゃあない。

痛いのは、心だ。あたしは泣き出したい気持ちを、いっぱいに抱えている。

もう誰も、こんなふうに接してはくれなかった。教室でだって、家でだって、どこでだって。みんな、あたしを遠巻きにして、ひそひそと喋っているだけ。あたし、本当は少し、寂しかった。

「ごめん。泣かないで」

そんな優しい言葉をかけられたら、尚更泣きたくなる。あなた、一体、何者なの?

「おい、何やってるんだよ」

後ろから声がして、ふっと我にかえる。

この人は知ってる。職員室でよく逢う。磯島尚人。バンドやってるって話だった。生まれつきの茶髪で天然パーマらしいんだけど、全然言い訳しないから、よく呼び出しくってる。

「あれ、ノリ。桃瀬と友達だったの?」

「いや、今、ここでぶつかって。桃瀬っていうの? 大丈夫?」

心配げな言葉。あどけなく見つめる瞳。

心配しないで、大丈夫だから。

言葉にならなかったけど、頷くと、ぱっと顔をほころばせた。なんて、笑顔。

あたたかい笑顔…って、こんな感じだろうな。全部溶け出してしまうような、やさしい笑顔。

あたし、思った。

このひとのためなら、なんでもしてあげたい。

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