vol.1 "PROLOGUE"2
次の日、あたしは学校をさぼった。
髪の毛を黒く戻して、ピアスをとって、尖らせた爪を切って、鞄に教科書を詰め込んだ。ごく普通の、中学生に戻った。
あたしは、普通の中学生になりたかった。
ノリ、と呼ばれていたあの少年に、嫌がられたくなかったから。
次の日は、ちょっとした騒ぎになった。
そのざわめきの中で、あたしはすました顔で教科書を開く。だって、あたしはごく普通の中学生なんだもの、とても当たり前なことをしているだけ。今までのことを思い出すと、ちょっと変な気分だけどね。
それに、周りに何を言われたって、全然関係ない。ずっと、いろんなことを言われ続けてきたんだもの、今更気にならない。あたしは、あたしの思うように振る舞うだけ。
先生までが驚いた顔で見つめる中、久しぶりにホームルームに出ている自分がほんの少しだけおかしくって、少し笑った。
ホームルームの後、「ノリ」、彼が来た。
磯島尚人と一緒に、おずおずと教室を覗き込む。彼は首を振って磯島を見上げ、磯島はあたしに気がつき、驚いて指をさす。彼はその方向を見て、初めてあたしに気がついて、人懐っこい笑顔を浮かべた。そして、よく懐いた犬のように、駆け寄ってきた。
「大丈夫だった? 昨日休んでたろ? 病院とか行ってたの?」
昨日も来たんだ。心配、してくれてたんだ。
あたたかいものが、ゆっくりと体を流れていく。
「ホントにごめん」
「……ううん、大丈夫。気にしないで」
彼は嬉しそうに頷く。それから、不思議そうな顔であたしを見つめた。少し首を傾げて、そのあとぱっと顔を輝かせる。
「あ、そっか。髪の毛の色が変わったんだ。今の方が、いいよ」
面と向かって言われたから、ドキドキしてしまう。ほかの誰でもない、あなたにそう思ってほしかった。今の方がいいって。だから。
ありがとう、って気持ちで彼に微笑む。彼は少し頬を赤らめて、目をくるくると丸くさせる。それから、少し上を向いて、言葉を探してる。そうやって、言葉を選ぶんだ。ひとつひとつ新しい発見をして、嬉しくなる。彼のこと、何にも知らないんだもの。
「おまえ、今、笑った顔、すごいかわいかった」
え?
彼はくすくす笑って、付け足す。
「いや、あの後、クラスのやつに、桃瀬が怖いとか言われたから。でも、普通だよな。へんなこと言って、ごめん」
すごいかわいかった、なんて。ドキドキする。そんなこと、今まで言われたことなかった。びっくりしてるし、嬉しいけど、恥ずかしい。
彼は、クラスに戻る前に、照れたような笑顔で言った。
「俺、奥原徳大」
おくはら・のりひろ。
心の中で繰り返す。
ドキドキは収まりそうにない。かわいいとか言われたせいだけじゃあない。きっと、こういうのって。きっと、きっと。
あたしは、その名前を心の中で何度も何度も繰り返した。次の授業が始まっても、聴いたばかりの名前を、何度も何度も繰り返していた。
何度も、何度も、何度も、何度も。
vol.1“PROLOGUE” FIN
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