NO WOMAN NO CRY 4
愛穂を街で見かけた。
背の高い男と、楽しそうに笑いながら歩いていた。
つながれた手を見た。
昔、俺のことを好きだと言ってくれた女の子。未だにメールや手紙を時々くれる女の子。その子が今、別な男と、小鳥のように笑いさざめきながら、俺に気づかず通り過ぎてゆく。
あれから、4年も経つんだもんな。
うっすら化粧をした愛穂は、俺の知っていた後輩の愛穂とは違う女の子のようだった。
ちょっとだけ、時の流れを感じた。
。。。。。
夏川カナコを見かけたのは、夏に近づいた夕暮れ。河川敷にあるサイクリングロードをぼんやり歩いているときだった。
夏川カナコは、白いトレーニングウェアを着て、走っていた。長い髪の毛はきりっとポニーテールにされていて、それがゆらゆらと揺れていた。苦しげに半開きになっている、紅い唇、白い頬を流れる汗。
綺麗な女の子だったんだ。
ふとそう思う。眩しくて目を細めた。
その瞬間、彼女が消えた。
一体、何が? 目を見開くと、尚人が目に入った。正確には、尚人が、倒れかけた彼女を支えて、木陰の芝生の方に移動しているところが。
あいつ、いたのか。
声をかけるのもはばかられて、そっとふたりの様子を覗き見る。眠っているように動かない彼女。そんな彼女を労わるように、タオルで汗をぬぐってやり、静かに話しかけている尚人。そこだけ時間が緩やかに流れている。
覗き見ている自分が恥ずかしくなって、俺はそこから走り去った。
夢を見た。
ひとり、小樽の街を心細い顔でさ迷い歩いているなな子。あの頃と変わらない、きゃしゃな手足、ふわふわとしたくせっ毛。愛穂は、高校のときの制服姿で、俺にではなくあの背の高い男に笑いかけた。河川敷を夏川カナコが走っていた。白い服。彼女には白がよく似合う。ああ、俺は。もうひとり白がよく似合う女の子を知っている。あの子が夢に出てくるのは久しぶりだ。白い服を着たあの女の子に、俺は手を差し延べる。星野。忘れたはずだった。忘れたかった。でも、忘れられなかった。伸ばした手を握り返してくれた顔を見ると、星野だったはずが、泣き顔のなな子になり、愛穂に変わり、星野の恋人だった裕哉さんに変わった。裕哉さん。彼はギターをかばって、交通事故で亡くなった。なんであんなことになったんだろう。星野を奪われて、憎んだこともあったけれど、彼は本当にいい人だった。もういない。もう憎むことも、彼を超えることも、俺にはできない。その裕哉さんから、また星野に変わり、夏川カナコを労わる尚人の横顔に変わり、夏川カナコの白い服になって、世界がくるくると回った。
目覚めて、俺は吐いた。
昨夜、飲み過ぎていたことを思い出した。
ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、この世の中には忘れたいことが多すぎると思った。今、夢に出てきたもの、全部忘れても構わない。忘れられればいいのに。忘れたいと思うことほど忘れられない。
二十二年。
俺が生きてきたのは、たったそれっぽっちなのに。
。。。。。
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