NO WOMAN NO CRY 16
愛穂のところに、謝りに行った。
愛穂は、笑った。
「だって、前にも言ったはずですよ。先輩のこと、ずっと好きです。確かに、彼氏がいたこともあるけど、先輩は特別なんです。だから、謝らないでください。謝るとしたら、ずっと電話とかメールを無視し続けたことかな」
そう、昔、好きだといってくれた。無様にふられた、格好悪かった俺のことを。俺は、この子の何を見ていたのだろう。どうして、つらい思いなんか、させてしまったのだろう。悪いことをしたと思うなら、償えばいいだけなのに。
俺は、昔から、同じようなことを繰り返して、繰り返して傷つけている。
「ごめん……」
「じゃ、お詫びに、今度デートしてくださいね」
先輩のおごりで、とくすくす笑って俺を見上げた。そして、少し首をかしげた。
「徳大先輩、なんだか、大人っぽくなりました? 前より、素敵です」
。。。。。
尚人がふらりとやってきた。相変わらず勝手に、俺のCDをあさっている。鼻歌を歌いながら。NO WOMAN NO CRY。
「あのさ、訊いていいか」
「何だよ」
「夏川花南子のこと」
尚人は嫌そうに俺を見た、が、俺の目が興味本位でないことに気付いたのか、あきらめたように首を振った。
「本当に、花南子さんとはなんの関係もないよ。ただ俺、放っておけなかったんだ。偶然だけど、俺、全部知ってたから、タクと花南子さんのこと」
初めて知った。
タクと桃瀬が別れたわけも、尚人がタクを殴ったわけも。
初めて彼女を見かけたライブ。あのとき、彼女はタクを見に来ていたんだ。あの日は桃瀬も来ていた。ああ、だから彼女は。居たたまれなくなって。尚人は最初から知っていたんだ。
ばらばらだった糸がつながっていく。
夏川花南子がタクとつながっていたなんて。タクの浮気かどうかは知らないけれど。尚人は真っ直ぐなヤツだから、とにかく許せなかったのだろう。桃瀬が静かに身を引いたことも、尚人から見れば腹が立ったらしい。だけど何より、夏川花南子が傷ついていたことが。
尚人は、どうにかして慰めたかった。彼女は少しは心を開いてくれるようになったけれど、でもいつも少し寂しそうに見えて、自分自身に苛立ってきた。
いつか、あまりにも自分に腹が立って、尚人は彼女に言った。俺は花南子さんに何もしてあげられない。彼女は唇を噛んだ。赤い血が滲んでいた。走り去った。それから彼女には逢っていない。
「……俺、そのあとの彼女に逢ったよ」
口づけたときに、鉄の味がした。
「もういいよ」
尚人のこんな顔を見るのは、きっと初めてだ。
いつも飄々としているヤツなのに、こんな寂しそうな。だけど、きっと。もっと寂しいのは夏川花南子だ。彼女は、これからどこを走ればいいんだろう。俺たちを避けるように。いや、避けているわけではなく、あしたになったら、またあの河川敷を、夕陽を浴びながら黙々と走っているかもしれない。俺を見かけても、親しげな顔ひとつしないで。
夏川花南子。
名前しか知らない。だけど、彼女の痛みも、彼女の傷も、知らないけれど知っている、気がする。知っているけど、何も知らない。
「俺さあ、ずっとなな子のことだけ、見てたんだ」
尚人がぽつんと話す。
尚人は、俺が見ていてもせつなくなるくらい、ひとりを見続けてきた。何となく腹立たしく思ったのは、そんな尚人が急にわけのわからない女を追いかけ始めたからだろう。ふらふらしていない純粋なもの、尚人の一途さに少し憧れていた。
「でも、タクのこと殴ったのは、相手が花南子さんだったから、なんだ。桃瀬には悪いけど、花南子さんはタクじゃなきゃ駄目だと思ったから。タクと、何とかくっつけようと思ったりもした。でも、俺、彼女が好きだったなぁ」
俺が彼女を初めて見たときには、もう尚人はきっと彼女に恋をしていた。必死で何かをしようとしていた尚人は、真っ直ぐに彼女だけを見つめていた。
今までのことを思い出す。人混みで彼女を見つけ出した尚人。夏川花南子という名前を呟いていた尚人。夕暮れの河川敷を走っていた夏川花南子。倒れた彼女を抱きとめた尚人。出来立ての恋人同士のように並んで座っていたふたり。倒立前転した尚人。笑顔で手を叩く夏川花南子。レコード屋の袋を持って、並んで歩いていたふたり。
「彼女も、おまえのことは、好きだったと思うよ」
俺が見ていてせつなくなるようなシーンを、いつも創り出していた。タクじゃない、尚人が。尚人と、夏川花南子が。
尚人は、黙って窓の外を見ていた。
あのとき、ただ窓の外を見ていた夏川花南子の面影と重なって、消えた。
。。。。。
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