NO WOMAN NO CRY 7
夜、愛穂から電話が来た。
「先輩、お元気ですか」
元気な声。このまえの男のことを思い出した。
「背の高い男と歩いてるの、このまえ見たよ」
話の切れ間に口を挟む。愛穂は、えって言った後、くすくす笑い始める。そのくすくす笑いは、本格的な笑いになった。
むっとすると、それが気配で伝わったのか、愛穂は含み笑いを残して話し始めた。
「だって、徳大先輩、妬いてるみたいなんですもん」
妬いてる?
俺が、愛穂に? まさか。俺は事実を話しただけだ。
だけど。少し羨ましいかもしれない。恋人といる風景。その空気に、なんだか、愛穂の言うところの妬いてるみたいな態度になってしまうかもしれない。
「そうだ、このまえ、磯島先輩が綺麗な人と一緒にいるの、見かけましたよ。桃瀬さんにちょっとだけ似てるひと」
「ああ」
夏川カナコのことだろう。桃瀬に似てるかな。言われてみれば、目元が似ているかもしれない。
「磯島先輩、ちょっと変でしたよ」
「え?」
「なんだか、憧れのひとに一生懸命話しかけてる、みたいな感じ」
ああ、いつも俺が思っている、あの違和感だ。恋人同士のそれじゃない、もっと他人行儀な。
そこまで思って、ふと気がつく。そういえば、夏川カナコの声を聞いたことがない。あのふたりでいるときに、尚人の声しか聞こえてこない。だから、違和感があるのだろうか。
「やだ、先輩、急に黙って」
愛穂が拗ねた声を出す。このこはまだ、子供なんだな。しょうがないやつ。ふだんならかわいいと笑っていられるけど、今はなんだかウザい。
彼氏と仲良くしろよ、ひとこと付け加えて、電話を切る。
今はひとりで考え事でもしていたい気分だ。
でも、考えるって、何を。
……いいかげん、認めよう。俺は、確かに今、夏川カナコに興味を持っている。彼女のことを、考えていたい。
バイトの後、サイクリングロードを通るようになった。夏川カナコには、いつも逢えるわけではない。それでも、いつも、なんとなくこの道を選んでいる。
今日もふらふら歩いていると、尚人の声が聞こえた。川べりのススキの向こう側。何気なく気づかれないように近寄ってみてみると、やっぱり尚人は夏川カナコと一緒にいた。芝生の上、並んで体育座りをして、川と向き合っている。
不意に尚人が立ち上がる。
気づかれた? いやそうじゃない。夏川カナコに「見てて」って言うと、いきなり、倒立前転。
はぁ? 何やってんだ、アイツ。
でも、夏川カナコは笑顔で手を叩いている。尚人も照れ笑いを浮かべて、軽くデニムをはらうと、彼女の横に座りなおした。
俺は、昔の映画を見ている気分になった。
何か知らないけど、昔の純愛もの。
今日のふたりは、少し恋人のようだ。できたての初々しい恋人。ふわふわと温かさがふたりの周りを取り巻いているようで、微笑ましい。微笑ましくて、胸の奥をきゅんとつままれたような、泣き出したいような不思議な感情。尚人のことが、あの空気を作り出したことが、少し羨ましい。
俺は、音を立てないように、ゆっくりと遠ざかった。
夏の太陽が、ゆっくりと沈んでいく。
。。。。。
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