NO WOMAN NO CRY 18
前に、愛穂とした約束を思い出して、電話した。
デートしてくださいって、アレだ。まったく、愛穂はしょうがない。でも、そんな愛穂をかわいいと思う。
ただ電話しただけなのに、愛穂は嬉しそうに弾んだ声を出す。こんなことなら、もっと早く電話くらいしてやればよかったと、少し反省した。
愛穂は、何度も何度も、約束の日を繰り返した。あの子の笑顔が目に浮かんだ。こんなに喜んでくれるなんて。
こんな子とつきあったら、楽しいのかな。
ふと思った。
ただの、かわいい後輩だったはずなのに。
何かがあって意識するなんて、格好悪い。でも、こんなにも俺の一言に喜んでくれるような女の子。この子を悲しませるようなことはしたくない。もう二度と。
気がつくと、鼻歌を歌っていた。このまえ、尚人も歌っていたあのうた。
NO WOMAN NO CRY。
泣かない女はいない……か。
今まで通り過ぎてきた女の子の泣き顔をぼんやりと思い出す。だけど、あのひとだけは。
彼女、今頃、どうしているのだろう。あの夕陽の溜まる部屋で、ひとり、佇んでいるのだろうか。
ひとりで、泣いたりするのだろうか。
誰かに側にいてあげてほしい。できれば、尚人がいてやればいい。
彼女のことを思うと、俺が泣きたくなる。どうしてだろう、迷子になったこどものように、心細くなる。
季節がまた、変わってゆく。
。。。。。
。。。。
。。。
また、夏が来る。
あれからも時々、俺は走っていた。日課のようなものだ。
愛穂には、時々逢う。つきあってと言ったことも言われたこともないが、あの子のことは俺が守ってやりたいと思っている。
俺が傷つけてしまった女の子たち。過去に償うことはできないけれど、同じことを繰り返さないことはできる。もう、繰り返さない。傷つけたくない。
走るスピードをあげながら、少し笑う。こんなにやわらかい気持ちで女の子のことを考えたのは、きっと初めてだ。
いつも夏川花南子が水を飲んでいた場所で、俺は顔を洗う。冷たい水が、足元にもはねる。冷たさが気持ちいい季節になっていた。少しだけ水を飲む。あの日の夏川花南子を思い出して、心に細波が立った。
一度足を止めると、なんだか疲れが出てきた。少し離れた草むらに座り込み、やがて寝転んだ。汗が、体の奥底から次々と湧き出てくる。嫌なものが少しずつ溶け出して、染み出て、流れていくような気がした。
「バカヤロウ」
呟いてみる。何に? 今までの自分に。弱くて情けない俺に。過去を捨て切れなくて、いつもふらふらと漂っていた嫌な俺に。言った後、おかしくなって少し笑った。何をえらそうなことを。今の俺がそんなにいい男になれたって言うのか。まだまだだ。もっともっとよくなってみせる。
さて、そろそろ行くか。
勢いをつけて起き上がった。
「水、止めたほうがいいよ」
暮れかけた太陽を背に、女の子が言う。うっかりちょろちょろと出しっぱなしになっていた水が、俺たちのBGMになっている。
「そうだな」
俺は笑って言う。
予感はしていた。愛穂が言っていた。「磯島先輩が女の人と歩いてるのを見ましたよ。前にも見たことがある人だと思う」。
逆光が眩しすぎて、まだ姿は見えない。だけど、俺は知っている。白い服を着て、長い髪の毛をポニーテールに結んで、俺に笑いかけてくれる、彼女を。
「NO WOMAN NO CRY」 FIN
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