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2006年11月 2日 (木)

NO WOMAN NO CRY 8

先輩の店で、2、3ヶ月に1回させてもらっている、ミニライブ。

ひどく、バンドの音が合っていない気がする。いや、合っていないわけじゃあない、ミスしているわけでもない、きっと聴いてくれてる人たちは気付いてないだろう、だけどなんていうか……心が合っていない。楽しくない。

暁と何度か目を合わせる。

暁が、尚人の方に視線を走らせる。

ミスはしていない。だけど、今日の尚人はひとりで走っている。

5曲くらいやらせてもらって、控え室代わりの部屋に入っても、いつものような充実感や爽快感もなく、俺らはしばらく黙っていた。尚人は頭からタオルをかぶって、椅子の背にもたれている。

長く続けてれば、時にメンバーの誰かの調子が悪いことだってある。だけど、今日のは。違和感だけが残っている。

違和感といえば。俺は、いつも来る顔が見えないことに気付いた。

「タク、今日は桃瀬、来てないのか」

タクはぴくっと体を動かした。一瞬、憂鬱そうな顔をして、そのあといつものポーカーフェイスに戻る。

「ああ」

そして、ため息のように、言う。

「ノリ、最近あいつと逢ったんじゃないのか」

思い出した。桃瀬の泣き顔。桃瀬の言ってたことば、どうしてひとはひとつのところにずっといられないんだろう。ああ、そうか、俺。

「ごめん」

「いや」

タクが話し終わらないうちに、尚人がタクの前に立った。

なんだ、と思う間もなく、尚人の拳がタクの頬にとぶ。暁が慌てて、尚人を引き離す。尚人は、自分でも驚いているかのように、呆然と自分の拳を見つめている。タクは尚人から目をそらして、床を見ていた。

「……悪い、タク」

暁が尚人を座らせる。俺は、何をどうしたらいいのか、わからない。暁と目を合わせて、首をすくめる。タクは唇を噛んで、荷物を持つと外に出て行った。こいつらの間に、何があったっていうんだろう。いったい、何が。

桃瀬のことで?

だけど、尚人が桃瀬のことで逆上するなんて、考えられない。何か言うくらいなら、ともかく。

結局、原因はわからないまま、俺は尚人と帰り道を、黙って歩いている。尚人は、俺の少し前を、黙って歩く。何も訊いてほしくないときの、尚人のやり方だ。俺も、わかっているから何も訊かずに歩き続ける。

急に、尚人が立ち止まって、俺を振り向く。話しづらそうに、眉間に皺を寄せている。

「桃瀬、元気だったか」

「まあな。いや、いろいろあるだろうけど。あいつなら大丈夫だぞ、きっと」

違う。

尚人は、桃瀬のことを訊いているけど、桃瀬のことを心配はしているだろうけど、今は桃瀬のことを考えているわけではない。遠い目をして、いったい何を思っているんだろう。上の空に俺の返事を聞き流している。

「おまえ、何考えてるんだよ」

つい、口からこぼれ落ちた、素朴な疑問。

尚人は、口元に苦い笑いを浮かべる。

「いや、あのときはただ、タクのことが許せなかった。桃瀬がどうこうっていうんじゃないんだけど。どうしても、駄目だった。悪かったな」

「何か、あったのか」

尚人はもう、答えなかった。

黙って俺たちは、いつもの河川敷を歩いていた。



桃瀬から電話が来た。

「磯島、卓士のこと殴ったんだって? ばっかだねぇ、あいつ」

桃瀬は、カラカラと笑っていた。

「おまえ、大丈夫なのか」

「うーん。ひとりで寝るのは寂しいかな。ノリ、添い寝してくれる?」

「ふざけるなよ。心配してるのに」

ちょっとムッとして言うと、桃瀬は笑って、そのあと泣いた。抑えてたものこみ上げてきたかのように、いっぱい泣いた。初めて聞く、桃瀬の泣きじゃくる声。頼りない気配。受話器越しでは何もできなくて、ただ黙って聞いているだけの俺。

いっぱい泣いた桃瀬は、そのあとまた少し笑って、言った。

「卓士が殴られたとこ、見たかったよ」

そしてまた、泣いた。

。。。。。

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