NO WOMAN NO CRY 3
次の日。目が覚めたら、尚人が俺の部屋で雑誌を広げていた。
「……ンだよ、なおと」
寝起きのせいで、うまく声が出ない。でも、まあ、よくあることだ。昔から、俺たちは勝手に部屋に出入りしている。
今もそんなふうにしているってことは、それはつまり、お互い、今、彼女がいないってことだ。もしいれば、彼女と仲良くしてるときに入ったり、そんなことになったらお互い気まずいから、できないだろう。
「あのさ」
Tシャツを着て、ぐちゃぐちゃの髪の毛に指を通していると、不意に尚人が話しかけてきた。
「昨日の女さ」
「ああ、あの。何だったんだよ、あれ」
忘れていたのに、苦いものを急に思い出す。舌打ちしたい気分だ。
「夏川カナコっていうんだって」
はぁ? それがどうしたんだよ。
俺は少しだけ混乱する。まるで、俺が訊いてこいと頼んだような、そんな気がしてくるような、そんな話し方をされた。
「なつかわ、か、な、こ、かぁ」
返事をしない俺をよそに、尚人はひとりごとのようにつぶやいた。
カナコ。その名前の響きで急に思い出した、昨日の手紙に書かれていた名前。
「なな子が小樽にいたらしい」
尚人の反応は、俺が思っていたどれとも違った。慌てもせず、大声を出しもせず、顔色ひとつ変えず、静かな調子で、さっき夏川カナコの名前をつぶやいたときのままふうんと頷いた。
どういうことだ? あんなになな子のことばかり見つめ続けて、考え続けてきたヤツが。
今すぐこの部屋を飛び出して、小樽行きの電車に駆け込むような、そのくらいのことはしかねないヤツだったはずが。
「なな子、逢いたくないんだろうな」
掠れた低い声で、尚人が呟く。
逢いたくない……誰に? 俺に。いや、俺たちみんなに。あの頃を思い出させる誰にでも。そうか、尚人は、なな子を思いやって、感情を抑えているのか。
でも、なな子、いつまでそうやっているんだろう。なんて弱い女の子。どうしていつも、そんなに傷つかなくちゃならないんだ。俺たちは、こうして普通に生活しているのに。
「夏川カナコって、どんな女?」
落ち込んだ空気を元に戻したくて、俺はわざと明るく尋ねてみた。
尚人は、静かに首を振る。伏せた瞳にかかる影。
「名前しか、知らない」
え? それは、どういう? 片想いってことか。いや、尚人の表情は、なんなふうじゃなくて、もっと彼女をよく知っているような、いや彼女に同情しているような、そんな感じ。
「なな子のこと、誰に聞いた?」
「ああ、愛穂から、手紙が来たんだ」
「おまえら、まだそんなことしてるのかよ。あいつ、元気なのか」
「たぶんな」
俺たちは、どういうわけか、傷ついていた。
愛穂の思い出話を少しして、それからふたりで黙っていた。
なな子はどうしているのだろう。夏川カナコは、尚人とどんな関係なんだろう。尚人は夏川カナコをどう思っているんだろう。未だに、尚人のことはよくわからなくなる。そもそも、夏川カナコって何なんだろう。顔を背けて消えていった女。長い髪、白い服の、あの女。
尚人は、新しく恋をしたんだろうか。
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