もうすぐクリスマスですね。ぺぺです。
これが600投稿めなのです。ははは。書きすぎです。でも、いつもきてくれている皆様に、なにかお返しを…と思っているうちに書いてしまいました。
モチーフは、以前書きました「3分間だけ恋人になってください」です。
3分は短すぎるので、ぺぺが王子様と過ごした時間、30分にしてみました(^^;)
クリスマス前の、ちょうど今時期の、ハートウォーミング?なおはなしです。
よろしければ、お楽しみください。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
「プレゼント」
目の前に急に現れた初対面の女の子が、緊張した面持ちで「30分だけ、恋人になってください」なんて言い出したら、いったいなんて答えればいいのだろうか。
もちろん、「忙しいから」と言って、断ることもできるだろう。
だいたい、急にそんなことを言い出すなんて、何者なんだ? 逆ナン? 何か事件に巻き込まれる? もしかしたらちょっとキちゃってる子、なのかもしれない。係わり合いにならないほうが無難だろう。
だけど、彼女のせっぱつまった形相に、僕は思わず頷いてしまった。
頷いてしまった後にものすごく後悔したのだけど、彼女はぱぁっと表情をほころばせていった。
「ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる。
ちょっと、かわいい子、かもしれない。白いコートに白いマフラーを巻いた、おかっぱ頭の女の子。僕もつられて、ぺこりと頭を下げる。彼女もまた頭を下げる。
道の真ん中で、ぺこり、ぺこり。おかしなふたりだ。
ところで。
「30分だけの恋人って、何をすればいいんですか」
彼女は、目をパチパチと瞬かせた。
「……考えてませんでした」
温かな湯気をたてているコーヒーをはさんで、僕たちは向かい合わせに座っている。
「ここじゃあなんだから」
そういって、彼女は僕を近くのマックまで引っ張ってきた。そして、勝手にコーヒーを頼んで、僕にくれた。ありがたいけど、僕はコーヒーが飲めない。とりあえず、手を温めるのに使う。
「まずは、呼び方を決めなきゃならないですね」
そこからですか。
ぽかんとしている僕をよそに、彼女はコーヒーをふぅふぅと吹いて、笑顔を見せる。人懐っこい目をした子だ。
「クン付けで呼ぶのが好きだなぁ、あたしは」
さっきはあんなにせっぱつまった顔をしていたのに。
不思議な気持ちで、僕は彼女を見た。どこかで逢ったことがあるだろうか。くるくると巻いている白いマフラーもそのままに、彼女は小首をかしげている。知らない子、だよな。初対面だ。不思議な子だなぁ。
どういうつもりなんだろう。でもとりあえず、ここまで来た以上、30分はつきあわないと。
とりあえず、自己紹介、しておかなきゃ。
「決めた。みーくん、って、呼びます」
え。
名前を言う、直前だった。彼女が突然、言い出した。
なんで? 偶然、僕の苗字は「宮本」だけど。知っているのか。それにしても、そんな呼び方は初めてだ。
君は、いったい?
「じゃあみーくん、そろそろ行こうか」
戸惑っている僕を尻目に、彼女は立ち上がる。そして、人差し指をたてて、そのまま僕に突き出す。
「30分は短いよ。急がなくちゃ」
店を出ると、彼女は僕の右手をきゅっと握ってきた。
「ごめんね、みーくん。コーヒー飲めないんだね」
「あ、いや、僕が言わなかったから……」
ちょっと緊張して、右手が汗ばんだ気がする。
完全に、彼女のペースだ。これからどうするのか、どこに行くのか、僕は何も知らされないまま、彼女のおしゃべりに返事をしている。周りから見たら、こんな僕らでも初々しいカップルに見えているのだろう。女の子にリードされている、オクテな男。そんなんじゃないのに。
犬より猫が好き。色は白がいちばん好き。コーヒーよりもココアが好き、特にこんな寒い日には。マシュマロを浮かせたらおいしいよね。季節は冬が好きだなぁ、寒いけど。彼女の話は止まらない。白い息を吐きながら、とりとめのない話をどんどん続けて、僕はただただ頷くばかり。でも、訊きたいことは僕にだってある。
「名前、なんていうんですか」
彼女の話が途切れた隙に問いかけた。
「みーくん、だめだよ」
「ハイ?」
「恋人なんだから、敬語はだめだよ」
いたずらっぽい目で僕を軽く睨むと、人差し指でバツを作って見せた。
そしてまた僕の右手をつなぐと、言った。
「すかーれっと・おはら」
「え?」
「名前。訊いたでしょ?」
すました顔をしている彼女を見て、僕は吹き出してしまった。
何を言ってるんだか。
「そんなわけないだろ。なんて呼べばいいんだよ」
「みーくんの好きに呼んでいいよ」
好きに、か。
僕も名前を名乗らないまま、勝手に「みーくん」なんて呼ばれていたんだっけ。
名前なんかどうだっていいか。たった30分のつきあいだ。
「それより、みーくん。急がなくちゃ。時間がないよ、たどり着けなくなっちゃう」
僕の手を引っ張って、走り始める彼女。
僕は、元気のいい犬の散歩をしているような気持ちで、小走りで後をついていく。
たった30分。そう思うと、なんだか手放すのが惜しいような気もする。彼女の話す、とりとめのないこと、一晩眠ったら忘れてしまうようなどうでもいい話に耳を傾けながら、僕は彼女を見ていた。笑うと覗く八重歯や、軽い癖のある前髪や、寒さで淡いピンク色に染まった耳朶や、そんなものを眺めていた。
「到着」
彼女が足を止めたのは、街のシンボルタワーの前だった。
見慣れたそれは、クリスマス前のイルミネーションに彩られ、キラキラと輝いていた。きれい、と呟いて見上げる彼女の目も、同じようにキラキラと輝いていて、僕は思わず握られた右手を強く握り返した。
「ここに、来たかったの?」
「うん、みーくんと一緒に、見たかった」
さっきまでずっと喋り続けていたのが嘘のように、彼女は黙っている。
心地よい、沈黙だ。
「寒くない? 中、入る? 上にのぼってみる?」
彼女はあるかなしかの微笑みで、首を横に振る。
「上につく前に、30分が終わっちゃう」
「別にぴったり30分じゃなくても……」
彼女は黙って首を振る。そしてまた、タワーを見上げる。
彼女の視線を追うと、いやでもタワーの時計が目に入る。
30分だけ恋人になってくださいと言われたときから、もう25分が経っていた。
あと、5分。
体が冷えてくる。吐く息が白い。つながれた右手だけが、僕のものじゃないように温かい。
そのとき、空から、贈り物。
ふわふわとした雪が落ちてきた。
ゆっくりと落ちてくるそれを見上げていると、自分が宙に浮かんでいくような、不思議な気分になる。
「幸せだなぁ……」
彼女の口から、雪よりも白い息とことばが漏れてくる。
僕は訊き返したかったけれど、やめた。僕も、不思議な幸せを感じていた。
今まで経験したことがないし、もうこれからも経験することがないかもしれない、不思議な、だけど確かに、これもひとつの幸せなんだろう。
何も知らない、何が目的なのかもわからない、この女の子に振り回されて。でも今右側にいるこの女の子のことを、本当の恋人のようにさえ思っていた。それほどに、右側のぬくもりを愛しく感じている。「みーくん」という呼び方さえ、耳慣れたものに感じているくらいに。
一緒にいるのは、たったの30分だというのに。
「ねえ、みーくん」
「ん?」
「目、つぶって」
もしかして?
だけど、こんなところで?
期待と照れくささとでどきどきしながら、僕は言われたとおり目を閉じた。
そんな僕の耳に届く「絶対、目開けちゃだめだよ」という彼女の声、それから微かなシュッという音と、広がっていく甘い香り。
「何?」
「魔法をかけたの。きっとみーくんは、今日のことをすぐに忘れる。忘れていいの。だけど、この香りをどこかで感じたら、今日のことを思い出す。そのときはいつも、笑っていて?」
30分間、ずっと右側にあった甘い香り。
今は僕の周りを取り巻いている。ふわふわと。彼女の白いマフラーのように。
「目、開けてもいい?」
返事はない。
目を開けると、彼女はもういなかった。タワーの時計を見上げると、30分が過ぎていた。
雪も止んで、甘い香りも、いつの間にか消えていた。
夢だったのかもしれない。
あの日、確かに僕の右手は、温かかったような、気がするけれど。
それから1年。
今、僕にはつきあって3ヶ月になる女の子がいる。
いつも遅刻しがちな彼女を、待ち合わせた店の前でぼんやり待っているうちに、ちらちらと雪が降ってきた。
僕は白い息を吐きながら、もうすぐ駆けてくるはずの小さな体を思い出していた。
「ごめんね、また遅刻しちゃった」
ほら、ね。
僕を見つけて、まっすぐに走ってくる笑顔。これが見たくて、僕はいつも彼女を待っているんだ。
「今日はどうしようか」
「う~ん。どうしよう。しんちゃんはどうしたい?」
「じゃあ、イルミネーションでも見に行こうか」
僕は、彼女の右手をとって、歩き出す。
もうすぐクリスマス、街はキラキラとした灯りに彩られていた。道を行くどのカップルも、幸せそうに笑っていた。僕たちもきっと、そう見えているのだろう。彼女がうれしそうに「一緒にイルミネーションを見るのが夢だったの」なんてかわいいことを言うから、ついつい僕も笑顔になる。
風が少し強くなってきたから、僕たちは歩くスピードを少し速めた。僕たちはとりとめのない話をして、笑い合った。白い息が弾む。つないだ手が温かい。
15分くらいで、街のシンボルタワーの前に着いた。展望台から見下したら、灯りのともった街並みがきっと綺麗だろう。
カップルだらけのざわめきのなか、イルミネーションで縁取られたタワーを見上げる。
キラキラした光、ふわふわした雪、大好きな女の子。
心がしんとする。
僕たちだけ、雑踏から切り離されて、空に浮かんでいく気分だ。
「幸せだなぁ」
ふと呟いたときに、僕の周りをやわらかく、甘い香りが取り巻いた。
耳の奥に、声が届く。「みーくん」。
僕ははっとして、周りを見回す。
なんで今まで思い出さなかったのだろう。今日はあの日と、こんなにも、似ている。
あの不思議な女の子が僕の右側にいないだけだ。
笑うと覗く八重歯や、軽い癖のある前髪や、寒さで淡いピンク色に染まった耳朶や、タワーを見上げてキラキラと輝いていた瞳や、いろいろな彼女が記憶の箱の中から溢れ出してくる。彼女がかけた魔法。僕にかかっている、とけない魔法。甘い香りで開く、記憶の扉。
どこにいる? どこかで僕を見ている? あのとき、急に目の前に現れた、せっぱつまった表情。真っ直ぐに僕だけを写していた、あの日の彼女。
急にキョロキョロし始めた僕のことを、彼女が不思議そうに見上げた。
「しんちゃん、どうかした?」
いない。いるわけない。いや、もしいたとしても。
僕は彼女の右手を、しっかりと握る。
「何でもないよ。中、入ろうか。寒いし」
笑顔の彼女の手を引いて、中に入る。
僕はこうやって幸せにしている。笑っているよ。君はどうだい?
街のどこかからまた不意に飛び出してきそうな気もするし、もう二度と会えないような気もする。
また少ししたら、あの日のことはまた記憶の箱の中に閉じ込められて、思い出せなくなる。だけど、あの香りをどこかで感じたら、きっとまた懐かしく思い出すんだ。忘れたりしない、どこにいても、誰といても。思い出しては、不思議な出来事に微笑んでしまう。いつだって幸せでいなくちゃ、と思う。それこそが、君がかけてくれた魔法だと思うから。名前も知らない君がくれたプレゼント。この魔法は、いつまでも、とけない。
あの日、上ることができなかった展望台に、僕たちは行った。
眼下にはきらめくイルミネーション。キラキラとしている中に、ひなびた土産物屋があった。
タワーの置物や、絵葉書なんかが置いてある、ありがちな土産物屋。どういうわけか、古い映画のポスターも並べて貼ってあった。
すみっこが折れてて、いつから貼っているのかもわからないけど、そのなかの「風とともに去りぬ」のビビアン・リーが、暖房の風に揺れて、僕を見て、微笑んでいた。
おしまい
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