6月のクラフティ
『6月のクラフティはアメリカンチェリーのクラフティです』
行きつけのカフェの壁に、かわいらしいイラスト入りのポップな文字が並んでた。
このカフェは、季節によって、毎月違うクラフティを出してくれる。
いちごだったり、桃だったり、甘夏だったり、ブルーベリーだったり。
だけど、このアメリカンチェリーのクラフティが、あたしはいちばん好き、だった。
黄色い生地に、ぽつぽつと真っ赤なドット模様。
確か、去年のこの時期もアメリカンチェリーのクラフティで、あたしはこれがとても好きになったと、やっとの思いで話した。
向かいの席に座っていた彼に。
緊張していた。
ただ憧れていたひとが、カレシになって、初めて目の前に座っている、という状況に。
彼は、あたしの緊張をほぐすかのように、笑いながら言った。
「女の子の好きそうな店なんて知らないから姉ちゃんに聞いたんだけど。なんかかわいすぎて、緊張する」
意外と長いまつげ。笑うと目の下にできるやさしい窪み。
ひとつひとつ気付いていく事柄に胸がきゅうっと締め付けられて、あたしは彼をただ見つめていることさえできずに、うつむいた。
「ここは、クラフティがおいしいらしいよ」
「クラフティ……ですか?」
「うん。どんなのかは、俺も知らないんだけど。今はね、さくらんぼのクラフティなんだって。あ、俺、姉ちゃんの言ってたこと、そのまんま話してる」
肩をすくめた彼を見たら、あたしの口からくすくす笑いがこぼれてきた。
ようやく笑ったあたしを見て、彼も笑った。
「それに」
不意に、彼の目が真剣なものに変わる。
「水玉模様、好きでしょ?」
「え? ハイ、でも、どうして……」
「そのバッグ」
あたしはいつも、赤いドット模様のバッグをお弁当入れに使っていた。
そんなことを知っていてくれたの?
「さくらんぼのクラフティも、水玉模様、なんだって。だから、似合うかなぁ、なんて思った。きっと気に入ってくれるんじゃないかなぁ、なんて」
早口で、一気に喋って、ふぅと息をついた。
耳元が赤く染まっている。
それをぼんやり見ていたら、彼は目の前にあったお水を、一気にごくごくと飲んだ。
ただ、憧れていたひと。遠いひとだと思っていた。
たまたま偶然に同じ電車に乗ったときにぶつかって、ただ謝るつもりが勢いあまって告ってしまって、あっさりOKされて、本当にどうしようなんて思っていた。
だけど。
彼もふつうのひとなんだなって。照れくさそうに目をそらす彼を見て、思った。
あたしのこと、見ていてくれたんだ……。
運ばれてきたアメリカンチェリーの水玉模様は、あたしのバッグによく似ていた。
ふとしたきっかけで転がり込んできた恋は、いつのまにか消えてなくなった。
お互いに、まだ慣れていなくって、疲れてしまったのかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。
嫌いになったわけでもなくて、自然にいつの間にか逢わなくなった。
だけどあたしは、今も、彼が教えてくれたこのカフェに、よく来ている。
そのたびに、照れくさそうに笑う彼を、長いまつげを、目の下にできるやさしい窪みを思い出して、胸がきゅっとなる。
運ばれてきたアメリカンチェリーのクラフティは、今はもう使っていないあのバッグと同じ水玉模様で、気がつくとお店のギンガムチェックのテーブルクロスにもぽつりぽつりと水玉模様が落ちていた。
☆ ☆ ☆
唐突におはなしでした。
もひとつのブログのほうに書いたタイトルで、イメージがむくむくできたので、書いてみちゃいました。
推敲ナシの一発書きです。
気が向いたらそのうち直すかも…といいかげんに考えている、書き逃げぺぺでした(^^;)
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